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第54位  南方熊楠 - 2018年05月14日


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南方熊楠
南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日(慶応3年4月15日) - 1941年(昭和16年)12月29日)は、日本の博物学者、生物学者(特に菌類学)、民俗学者。 菌類学者としては粘菌の研究で知られている。主著『十二支考』『南方随筆』など。投稿論文や書簡が主な執筆対象であったため、平凡社編集による全集が刊行された。18言語を解し、「歩く百科事典」と呼ばれ、熊楠の言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。 南方熊楠は和歌山県に生まれ、東京での学生生活の後に渡米、さらにイギリスに渡って大英博物館にはいる。多くの論文を著し、大学者として名を知られたが、生涯を在野で過ごした。 熊楠の学問大系は博物学、特に植物学を基礎とするが、その学風は、ひとつの分野に関連性のある全ての学問を知ろうとする膨大なものであり、土蔵や那智山中にこもっていそしんだ研究からは、曼荼羅にもなぞらえられる知識の網が生まれた。 (Wikipedia:南方熊楠)

南方熊楠記念館
南方熊楠記念館(みなかたくまぐすきねんかん、Minakata Kumagusu Museum)は和歌山県西牟婁郡白浜町にある博物館。 世界的博物学者・南方熊楠の記念館である。熊楠の業績顕彰と文献・標本類・遺稿・遺品等膨大な資料の保存と公開および学術振興を目的として1965年4月に開館した。収蔵資料の一部が写真や年表とともに解りやすく展示されている。 高台にある館の屋上展望台から南紀の海を望むことができ、館の前には昭和天皇歌碑が建つ。 「雨にけふる 神島を見て紀伊の国 生みし南方熊楠を思ふ」  展示概要 第1コーナー - 幼年期~青年期 第2コーナー - 海外での活躍 第3コーナー - 親しい人々 第4コーナー - 博物学者として 第5コーナー - 民俗学者として 第6コーナー - 晩年 主な展示品 全長7.7mの自筆「履歴書」 映像作品「南方熊楠 - その人と生涯」(文部省教育委員会製作、文部大臣賞受賞作品)等の上映 隠花植物等の標本類 柳田國男との往復書簡 民俗学腹構・原稿 南方熊楠文庫(蔵書の閲覧・貸出可) 建築概要 開館 - 1965年4月 延床面積 - 512.65m² 所在地 〒649-2211 和歌山県西牟婁郡白浜町3601-1 位置情報 北緯33度41分37.46秒東経135度20分10.52秒 南方記念館建設之碑(碑文) 昭和4年6月1日 天皇陛下は御召艦長門に乗御供奉の那智灘風外6隻を従えさせられ威風堂々南紀に行脚 田辺湾に御入港の際 本県が生んだ世界的大学者南方熊楠翁は湾内神島の御案内役を勤め 又御召艦上で生物学について御進講申し上げた 神島には 一枝も心して吹け沖つ風 わが天皇(すめらぎ)のめてましし森そとの翁赤誠の歌碑がある その後昭和37年 陛下は再び当地へ行幸の際 往年を御回想になり今は亡き南方翁追懐の御歌をお詠み遊ばされた 雨にけふる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ吾等県民はこの君臣水魚の誉と南方翁の偉大なる業績を永遠に遺さんとし 風光絶佳しかも 陛下の御思出深き神島を指呼の間に望むこの地を選び常陸宮殿下の御鍬入れを賜り 総工費3600万円を投じて 昭和40年3月この記念館を完成 御製碑と両々相まって不朽の記念とした 昭和40年4月 アクセス JRきのくに線白浜駅 明光バス「臨海」下車、徒歩8分 周辺 京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所水族館(隣接) 円月島 - 国の名勝 本覚寺 - 貝寺 白良浜 関連項目 南方熊楠顕彰館 外部リンク 南方熊楠記念館 歴史めぐり南方熊楠。 (Wikipedia:南方熊楠記念館)


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