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第85位  江ノ島電鉄 - 2018年11月02日


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江ノ島電鉄
江ノ島電鉄株式会社(えのしまでんてつ)は、神奈川県藤沢市に本社を置く、民間の鉄道事業者である。一般に江ノ電(えのでん)と略称される。神奈川県内に1つの鉄道路線(江ノ島電鉄線)を有する小田急グループの鉄道会社である。 鉄道事業のほか、関係会社の株式会社江ノ電バス藤沢および株式会社江ノ電バス横浜からの路線バス・貸切バス・特定バス事務管理受託事業、観光業も行う。かつては子会社によって百貨店業も営み、藤沢駅には駅ビル形式で「江ノ電百貨店」が入居していたが、1985年からは小田急百貨店藤沢店へ賃貸している。 1900年(明治33年) 11月25日 江之島電氣鐵道株式会社設立総会。 12月 高座郡藤沢大坂町で、江之島電氣鐵道株式会社設立(現在とは別法人)。 1902年(明治35年)9月1日 藤沢 - 片瀬(現・江ノ島)間を開業。以後順次延伸され、1910年(明治43年)11月4日に小町(後の鎌倉、現在廃止)まで開業。 1911年(明治44年)10月3日 横浜電気株式会社という電力会社に買収され、「横浜電気株式会社江之島電気鉄道部」の運営となる。 (Wikipedia:江ノ島電鉄)

江ノ島電鉄線
江ノ島電鉄線(えのしまでんてつせん)は、神奈川県藤沢市南藤沢の藤沢駅から同市片瀬海岸一丁目の江ノ島駅を経て鎌倉市御成町の鎌倉駅に至る、江ノ島電鉄の鉄道路線。1902年(明治35年)に藤沢 - 片瀬(現・江ノ島)間が開通し、1910年(明治43年)に小町(現・鎌倉)までの全線が開通した。地元住民や観光客からは「江ノ電」として広く親しまれている。駅ナンバリングで使われる路線記号はEN。江ノ島電鉄線 全区間にて、ICカード乗車券PASMO・Suicaが利用可能である。ICOCA・TOICA等の他社局のカード類は改札機でしか利用できないため、チャージ等のサービスは有人改札でのみ受けられる。 13m弱の小型ながら高床式タイプの鉄道車両が用いられ、特に腰越駅 - 江ノ島駅間は路面電車同様に一般道を走行するが、軌道法ではなく鉄道事業法に基づいており、法律上は路面電車ではない。しかし建設の経緯や車両の大きさなどから広義での路面電車やLRTに分類されることもある。「日本の路面電車一覧」の項目も参照。 一時期、電力会社(横浜電気→東京電燈)の経営であった名残から、現在も一部の架線柱を東京電力の電力柱と共有している。 (Wikipedia:江ノ島電鉄線)

江ノ島電鉄300形電車
江ノ島電鉄300形電車(えのしまでんてつ300がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄の電車。 2016年現在、2車体連接車に統一されている同社にあってその嚆矢となった形式である。 1956年(昭和31年)から1968年(昭和43年)にかけて従来から使用されてきた路面電車タイプの直接制御・単行専用半鋼製ボギー車や京王帝都電鉄(現・京王電鉄)の木造車の台枠をベースとして大幅に改造した上で連接車化させたもので、6編成12両が在籍した。 種車や改造手法がまちまちだったため、302Fと303Fを除き、他の4編成は異なる形態と経歴を持っている。 一方で、全車両が本形式への改造と同時に間接自動進段制御(総括制御器付き)・電磁SME制動(非常管併設電磁弁付き三管式直通空気制動)に改造され、4両増結運転が開始された時点で本形式相互および初代500形とは自由に連結可能だった。 (Wikipedia:江ノ島電鉄300形電車)

江ノ島電鉄100形電車
100形電車(100がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄(江ノ電)が1929年(昭和4年)から導入した電車である。 営業運転最終期からは、1両単位(単行)で使用されたために「タンコロ」として親しまれるようになった。個別に「106形108号車」などと呼ぶ場合もあるが、本稿では全て100形として記述する。 江ノ電初のボギー台車採用車として1929年に101形101~104号車が雨宮製作所で、1931年(昭和6年)に105形105号が川崎車輛(現・川崎重工業車両カンパニー)で、106形106~110号車が新潟鐵工所で製造された。 101~105号と106~110号では車体の長さが僅かに異なるほか、ドアの構造や高床から低床になるなどかなりの違いがあった。さらに105号のみメーカーが違うため101~104号とは僅かに差異が存在した。 機器類は直接制御、単純な直通ブレーキ、Z形パンタグラフなど統一されていたものが大半である。 また新造グループ以外にも、以下のグループが100形として存在する。 111~112号:1934年(昭和9年)に西武新宿軌道線から譲渡された。 (Wikipedia:江ノ島電鉄100形電車)

江ノ島電鉄1000形電車
江ノ島電鉄1000形電車(えのしまでんてつ1000がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄(江ノ電)に在籍する電車。1979年(昭和54年)12月3日より営業運転を開始した。 1980年(昭和55年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞車両である。 江ノ島鎌倉観光時代の1979年から1987年(昭和62年)にかけて東急車輛製造で2両編成6本(12両)が製造されたが、落成時期ごとに仕様が異なっているため、本項では形式の付番ごとに解説する。 1000形 営業運転開始日:1979年(昭和54年)12月3日 在籍数:2両編成2本・4両 (1001 - 1051, 1002 - 1052)最初に登場したグループで江ノ島電鉄としては48年ぶりの新造車。非冷房で落成した。吊り掛け駆動方式が採用されたが、これは小型車、急曲線対応の台車でのカルダン駆動方式採用実績がなかったためである。ワンハンドル式マスター・コントローラーを採用し、ブレーキシステムは電気指令式である。主制御器は東洋電機製造製のAC-M450-778A-M(直列10段、並列8段)である。 (Wikipedia:江ノ島電鉄1000形電車)

江ノ島電鉄600形電車
江ノ島電鉄600形電車(えのしまでんてつ600がたでんしゃ)は、1970年(昭和45年)に登場した江ノ島電鉄(入線当時は江ノ島鎌倉観光)の電車である。1990年(平成2年)に全廃された。 1970年(昭和45年)に東京急行電鉄からデハ80形87 - 90を譲り受け、当線での規格に適合するよう改造したものである。この4両は旧番104 - 107であったものを玉川線廃止時に改番し、世田谷線用として残存していたが、連結2人のり改造が実施されず、運用本数的にも余剰であったことから譲渡対象となった。事実、これら4両が世田谷線分離後に稼動する機会はごく稀であったといわれている。 改造内容は軌間の変更(1,372mm → 1,067mm)、客用扉ステップの撤去、片運転台化、乗務員室の奥行き確保のため乗務員室脇の客用扉位置を移動、方向識別灯の撤去などとなっている。パンタグラフの位置、制御方式(直並列間接非自動制御)は東急時代のままであった。主電動機は電動貨車、100形等から確保されている。その後、制御方式は油圧カム式間接自動加速式とされ、主制御器や主幹制御器も交換されている。 (Wikipedia:江ノ島電鉄600形電車)

江ノ島電鉄500形電車 (初代)
500形電車(500がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄に在籍していた電車。 1956年(昭和31年)に連接車の300形301F、連結車の200形112+202編成が試作・比較されたが、この結果から以後の増備・車両近代化は連接車で進められることとなり、1956年から製造されたのがこの500形である。 ほぼ新製に近いが、書類上は501Fは200形(初代)201号車から、502Fは100形115・117号車からの改造となっており、台車などごく一部の部品が流用されている。 車体はモノコック構造を採用し、丸みを帯びたヨーロピアンスタイルが特徴的であった。501Fは東洋工機、502Fは東急車輛製造と製作会社の違いにより若干の形態差があり、前照灯は501Fが前面の上部に丸形を配し、502Fは同様の位置に角形を配しその左右にタイフォンを装備した独特の形状になった。ベンチレーターの数や車体ナンバープレート位置、前面上部のカーブ具合などにも差異が見られた。 両編成とも前面窓に曲面ガラスを使用し、車体側面はノーシル・ノーヘッダーに客用窓も一段下降式の非常にすっきりとした構成とされ、客用扉も同社初の両開き扉とされた。 (Wikipedia:江ノ島電鉄500形電車 (初代))

江ノ島電鉄200形電車
200形電車(200がたでんしゃ)は、かつて江ノ島電鉄が所有していた電車である。 戦前から続いた納涼電車に窓ガラスを取り付け普通車化された初代200形と、1956年(昭和31年)に車両近代化試験として改造された200形連結車とがある。 各車両とも複雑な改造歴があり、最終的に200形連結車は連接化改造を受け300形306編成とされ、1991年(平成3年)まで使用された。 初代200形 初代200形は1936年(昭和11年)に車体のみ新製された納涼電車の100形111・112が元である。 111は1936年に登場し、1934年(昭和9年)に西武新宿軌道線から譲渡された普通車の111と台車を共用とし夏期のみ納涼電車として運行する目的で製造された。後に改番され113(2代目)を名乗った後1949年(昭和24年)に202へ改番され、翌1950年(昭和25年)には窓ガラスを取り付け普通車化された。 202は1954年(昭和29年)に車体のみ東京都電から車体更新で不要になった旧車体を譲渡されたもの(都電170形174の車体)に載せ替え、2代目となった。 (Wikipedia:江ノ島電鉄200形電車)

江ノ島電鉄20形電車
20形電車(20がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄の電車。 老朽化が進み、構造上冷房装置の搭載が困難だった500形の置き換えと、1902年(明治35年)の江ノ電開業から100周年を迎えることを記念して東急車輛製造で製造された。2002年(平成14年)4月4日に21-61(導入当初は、21-60だった)、2003年(平成15年)4月4日に22-62の計4両が導入された。なお走行装置などは機器更新されてからの経年が浅かった500形のものを流用している。 10形の流れを受けたレトロ調デザインだが、10形ほど凝った作りにはならなかった。これは、10形の特別な存在感を残しつつも、2編成を短期間に増備するために構造の簡略化とコストの低減を図ったためである。具体的には前面排障器(スカート)の省略、側面窓は通常の角形に、屋根もカバー等は省略され、また前面の絞り込み形状が変更され乗務員室面積が広くなっており、10形とは印象が異なる。 (Wikipedia:江ノ島電鉄20形電車)

江ノ島電鉄2000形電車
2000形電車(2000がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄の電車。 1990年(平成2年)4月24日に営業運転を開始した。1990年度グッドデザイン商品選定車両でもある。 4両編成での運転が不可能で老朽化していた600形の置き換えとして1990年から1992年(平成4年)にかけて2両編成3本の計6両(連接台車採用)が東急車輛製造で製作された。正面は展望性を利かせた一枚大型ガラスを採用し、側面窓・客用ドアの幅や高さ・室内天井高さも従来車両より拡大されている。車体は腐食対策として一部にステンレス鋼が採用されたが、外板は耐候性鋼板のため外見からは判らない。前面行先表示器には季節ごとに替わるイラストを配した終着駅名表示が用意され、アクセントになっている。台車・主要機器は1500形に準じた構成となっている。 2001・2002編成の落成時には前面下部に排障器(スカート)が装着されていた。その後自動連結器→密着連結器交換の際に干渉するため一旦撤去されたが、2006年(平成18年)3月に新500形が営業運転を開始するのに合わせて、新製の上、再度装着された。 (Wikipedia:江ノ島電鉄2000形電車)

江ノ島電鉄800形電車
山梨交通モハ7形電車(やまなしこうつうモハ7がたでんしゃ)は、山梨交通が1948年(昭和23年)に新製した電車(制御電動車)である。 後年山梨交通電車線の廃止に伴い上田丸子電鉄(後の上田交通)へ譲渡されてモハ2340形として運用されたのち、同社丸子線の廃止に伴って江ノ島鎌倉観光(現・江ノ島電鉄)へ再び譲渡され、800形として導入された。 山梨交通モハ7形 1948年(昭和23年)に汽車製造会社東京支店で7・8の2両が製造された2軸ボギー車。性能は同社が開業時に製造したモハ1形に準じ、主電動機は出力50PSの東洋電機製造TDK-525-2を4基装備する。 車体はモハ1形に比べやや長い全長13.8mの半鋼製車体で、側面両端に乗務員用扉を設け、その隣に片開き扉があり、扉間には12枚の上段固定下段上昇窓を配していた。 廃止まで使用され、廃止翌年の1963年に上田丸子電鉄に譲渡された。 上田丸子電鉄モハ2340形 江ノ島鎌倉観光800形 1971年(昭和46年)6月、801-802の2両編成1本(2両)が登場、600形と並び、輸送力増強のための大型車として期待された。 (Wikipedia:江ノ島電鉄800形電車)

江ノ島電鉄10形電車
10形電車(10がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄の電車。 1902年(明治35年)の江ノ電開業から95周年を迎えることを記念して、東急車輛製造で2両編成1本(番号は10-50)が製造され、1997年(平成9年)4月18日より営業運転を開始した。他の車両と運用上の区別はなく、共通で使用されている。 観光客を意識してオリエント急行を思わせるレトロ調デザインを採用しており、ブルーとクリームの2色に、イエローとホワイトの装飾帯を配した車体塗色が非常に特徴的な車両である。 外観上の特徴としては旧500形以来の両開き扉を採用し、車体幅が従来車両より100mm広げられ江ノ電初の裾絞り車体となったほか、先細り状の形状の先頭部、腰部の丸形一灯式前照灯や、江ノ電初のシングルアームパンタグラフ採用などが挙げられる。 また上部が弧を描く独特の形状の窓や、黎明期の路面電車の救助網を模したような形状の前面排障器(スカート)、屋根上の冷房装置などを隠すように取り付けられたダブルルーフ状カバーなど本形式独自の特別装備も目立つ。 (Wikipedia:江ノ島電鉄10形電車)

江ノ島電鉄500形電車 (2代)
江ノ島電鉄500形電車(えのしまでんてつ500がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄の電車。 導入 老朽化の進んだ300形304Fの置き換え用として、501Fが2006年(平成18年)3月27日より営業運転を開始。501F投入の2年後の2008年3月31日に300形303Fの置き換え用として502Fが営業運転を開始した。製造は東急車輛製造。 車体 車体は、枕ハリと中ハリ以外はステンレス製とした江ノ電初のオールステンレス車であるが、20形と同一の塗装が施された。オールステンレス車に全塗装する例は非常に珍しい。 前面に排障器(スカート)を装着した。乗降用扉は両開き戸で、窓ガラスは複層構造とされ、凹凸は極力なくし、手指や被服の挟み込みを防止した。加えてドアチャイムも設けた。 集電装置は各車先頭寄りにシングルアーム式パンタグラフを搭載している。屋根上中央部には1両につき出力24.42kWの集中式冷房装置と空調制御装置を配置した。江ノ電は海岸線沿いを走行する線形であるため、機器のカバーや主枠にステンレスを使用した。 (Wikipedia:江ノ島電鉄500形電車 (2代))

江ノ島電鉄新500形電車
『江ノ島電鉄500形電車 (2代)』より : 江ノ島電鉄500形電車(えのしまでんてつ500がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄の電車。 導入 老朽化の進んだ300形304Fの置き換え用として、501Fが2006年(平成18年)3月27日より営業運転を開始。501F投入の2年後の2008年3月31日に300形303Fの置き換え用として502Fが営業運転を開始した。製造は東急車輛製造。 車体 車体は、枕ハリと中ハリ以外はステンレス製とした江ノ電初のオールステンレス車であるが、20形と同一の塗装が施された。オールステンレス車に全塗装する例は非常に珍しい。 前面に排障器(スカート)を装着した。乗降用扉は両開き戸で、窓ガラスは複層構造とされ、凹凸は極力なくし、手指や被服の挟み込みを防止した。加えてドアチャイムも設けた。 集電装置は各車先頭寄りにシングルアーム式パンタグラフを搭載している。屋根上中央部には1両につき出力24.42kWの集中式冷房装置と空調制御装置を配置した。江ノ電は海岸線沿いを走行する線形であるため、機器のカバーや主枠にステンレスを使用した。 (Wikipedia:江ノ島電鉄新500形電車)

江ノ島電鉄500形電車
江ノ島電鉄500形電車 (初代)。1956年に運用開始。現在廃車 江ノ島電鉄500形電車 (2代)。2006年春に運用開始。 (Wikipedia:江ノ島電鉄500形電車)


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