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第99位  倭国 - 2018年12月07日


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倭国
倭国(わこく)とは、古代の中国の諸王朝やその周辺諸国が、当時日本列島にあった政治勢力、国家を指して用いた呼称。倭国および倭国王の勢力範囲に関しては諸説ある。7世紀後半に、対外的な国号を日本に改めている。倭人は紀元前2世紀頃から『漢書』地理志などの史料に現れている。 小国の形成と倭国大乱 「倭」ないし「倭人」が、中国の歴史書物に登場するのは、弥生時代中期の紀元前150年頃のことであり、中国では、『漢書』に記された前漢代にあたる。『漢書地理志』によると、紀元前2世紀から紀元前後ごろにかけて、倭人が定期的に漢の植民地楽浪郡を介して(前)漢王朝へ朝貢しており、多数の(『漢書』には「100余」と記す)の政治集団(国)を形成していたことが知られている。 1世紀中葉の建武中元2年(57年)になると、北部九州(博多湾沿岸)にあったとされる倭奴国(ここで云う国とは、中国で云う国邑すなわち囲まれた町のこと)の首長が、後漢の光武帝から倭奴国王に冊封されて、金印(委奴国王印)の賜与を受けている。 (Wikipedia:倭国)

倭国大乱
倭国大乱(わこくたいらん)は、弥生時代後期の2世紀後半に倭国で起こったとされる争乱。中国の複数の史書に記述が見られる。倭国の地域は特定されていないが、列島規模であったとする見方もあり、日本史上初の大規模な戦争(内戦)だとする意見もある。 女王国ではもともと男子を王としていたが70~80年を経て倭国が相争う状況となった。争乱は長く続いたが、邪馬台国の一人の女子を王とすることで国中が服した。名を卑弥呼という。以上の内容が、中国の歴史書『三国志』(魏志倭人伝)や中国の正史『後漢書』「東夷伝」に記述されている。 『三国志』魏書 卷30 東夷伝 倭人(魏志倭人伝) 「其國本亦以男子爲王住七八十年 倭國亂 相攻伐歴年 乃共立一女子爲王 名曰卑彌呼 事鬼道 能惑衆 年已長大 無夫婿」 其の国もまた元々男子を王として70 - 80年を経ていた。倭国は乱れ、何年も攻め合った。そこで、一人の女子を共に王に立てた。名は卑弥呼という。鬼道を用いてよく衆を惑わした。成人となっていたが、夫は無かった。 『後漢書』卷85 東夷列傳第75 「桓 靈閒 倭國大亂 更相攻伐 歴年無主 有一女子 名曰卑彌呼 年長不嫁 事鬼神道 能以妖惑衆 於是共立爲王」 桓帝・霊帝の治世の間(146年 - 189年)、倭国は大いに乱れ、さらに互いに攻め合い、何年も主がいなかった。 (Wikipedia:倭国大乱)


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