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第1位  MBS - 2019年01月12日


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MBS
『毎日放送』より : MBS 毎日放送 (Mainichi Broadcasting System, Inc.) - 大阪府大阪市にあるラテ兼営放送局。 TV放送に関してはMBSテレビを、ラジオ放送に関してはMBSラジオもそれぞれ参照。 同局の番組制作子会社については、MBS企画を参照。 マンチェスター・ビジネス・スクール (Manchester Business School) - マンチェスター(イギリス)にあるビジネススクール。 ミシガン州(アメリカ)にある3都市(ミッドランド、ベイシティ及びサギノー)の総称。 空港に関しては、MBS International Airportを参照。 アダルトゲームメーカーのMay-Be SOFTおよびMBS TRUTH。→運営会社のテックアーツも参照のこと。 山口県宇部市に本社を置くリフォーム関連企業・エムビーエス。 南九州コカ・コーラボトリングの子会社「南九州ビバレッジサービス」の略称。 共同放送システム(en:Mutual Broadcasting System) - かつてアメリカにあったラジオネットワーク。 (Wikipedia:MBS)

MBSテレビ
『毎日放送』より : MBSテレビ(エムビーエステレビ)は、大阪府大阪市に本社を置くラジオ・テレビ兼営局である毎日放送(MBS)のテレビジョン放送部門の呼称である。放送対象地域は近畿広域圏。コールサインはJOOR-DTV(大阪 16ch)、リモコンキーIDは「4」。 2011年7月24日の地上デジタル放送完全移行を機に、同日付の新聞・テレビ情報誌などの表記が、(テレビ放送)開局以来使われてきた「毎日テレビ」(または「毎日」)から「MBSテレビ」(または「MBS」)に統一された。地上波デジタルテレビジョン放送のGガイドでは「MBS毎日放送」と表記している。 2011年7月23日までは一般呼称を「毎日放送テレビ」といっていた他、単にMBSと呼称される場合や、アナログ時代には新聞などのラジオ・テレビ欄では「毎日テレビ」と表記されていたが、中日新聞(伊賀・紀州・滋賀・福井版のみ)と日刊県民福井ではラジオと同様「毎日 MBS」と、スポーツニッポンと日刊スポーツ、神戸新聞、デイリースポーツでは「毎日」と表記されていた。 (Wikipedia:MBSテレビ)

MBSラジオ
『毎日放送』より : MBSラジオ(エムビーエスラジオ)は、大阪府大阪市に本社を置くラジオ・テレビ兼営局である毎日放送 (MBS) の中波放送の呼称。 2011年7月24日までは「毎日放送ラジオ」の呼称も同等に用いられ、おたよりのあて先などはこちらで紹介されることが多かったが、現在では「MBSラジオ」の呼称に置き換えられている。 コールサインは JOOR 周波数は1179kHz(京都中継局も同一周波数)開局時は1210kHzであり、その後1180kHzを経て現在に至る。 本放送の開始は、1951年9月1日、大阪市北区角田町の阪急百貨店梅田本店の屋上に建てられたスタジオから中波放送を開始。同じ日の朝6時30分に開局した名古屋市の中部日本放送(CBCラジオ)に続いて正午に放送を開始した。第一声は、坂本登志子アナウンサーの「JOOR、みなさまの新日本放送でございます。」であった。開局当初は、『うっかりテスト』、『知らぬが佛(ほとけ)』、『バイバイ・ゲーム』、『おたのしみヒント』といった、一般参加のバラエティ番組が中心の編成だった。 (Wikipedia:MBSラジオ)

MBSヤングタウン
『MBSヤングタウン』(エムビーエスヤングタウン)は、1967年10月2日からMBSラジオ(毎日放送のラジオ部門)で夜ワイド枠に放送している番組。開始当初は深夜帯に放送されていた。現在の放送時間は、毎週土曜日・日曜日の夜22:00 - 23:30。 通称は「ヤンタン」で、番組開始から1970年9月までのタイトルは『歌え! MBSヤングタウン』であった。笑福亭鶴瓶は1975年から、明石家さんまは1976年から出演している。 一時は全曜日にわたって放送されていたため、当ページでは曜日別の呼称として、便宜上「ヤン○」(○は曜日名の頭文字)という略称を使用する(#エピソードを参照)。なお、現在放送中の土曜日についてはヤングタウン土曜日、日曜日についてはヤングタウン日曜日のページを参照されたい。 1960年代後半から、深夜番組の黄金期を築いてきた番組で、フュージョンによるテーマソング(通称『MBSヤングタウンのテーマ』)が代々、使われている。 (Wikipedia:MBSヤングタウン)

MBSタイガースナイター
『MBSベースボールパーク』(エムビーエスベースボールパーク、MBS Baseball Park)は、 毎日放送(MBSラジオ)が2014年から放送のプロ野球中継番組。 中継タイトルの変遷 1973年 - 2002年:毎日放送ダイナミックナイター(まいにちほうそうダイナミックナイター、Mainichi Broadcasting System Dynamic Nighter)以下、『ダイナミック - 』 2003年 - 2010年:MBSタイガースナイター(エムビーエスタイガースナイター、MBS Tigers Nighter)以下、『 - ナイター』 2011年 - 2013年:MBSタイガースライブ(エムビーエスタイガースライブ、MBS Tigers Live)以下、『 - ライブ』 2014年 - :(with Tigers) MBSベースボールパーク(ウィズタイガースエムビーエスベースボールパーク、with Tigers MBS Baseball Park)(以下、『 - パーク』) 放送日・放送時間 番組としての放送開始時間は、平日が17:46、土・日曜は17:59。 (Wikipedia:MBSタイガースナイター)

MBSナウ
『MBSナウ』(エムビーエス・ナウ、英称:MBS NOW)は、1976年1月5日から2000年9月29日まで毎日放送で放送された報道番組。関西地区で初めて誕生したニュースワイドである。番組は単に「ナウ」とも呼ばれていた。また、「NOW」とも表記されていた。 協力・毎日新聞社(ただし、1994年9月5日以降はクレジット表示無し)。 1975年3月31日にネットワークの腸捻転が解消したのに伴い、毎日放送はANN(NETテレビ→テレビ朝日)系列からJNN(TBS)系列へとネットチェンジ。その翌年の1976年1月5日に、『毎日新聞ニュース』の後継番組としてこの『MBSナウ』は放送を開始した。最高視聴率は、1989年2月24日(大喪の礼)の22.4%(ビデオリサーチ調べ)。 当初の放送時間は月曜 - 金曜 18:00 - 18:30 (JST、以下同)で、初代キャスターは小池清(月曜・火曜・水曜)と平松邦夫(木曜・金曜)の両アナウンサーだった。 (Wikipedia:MBSナウ)

MBSスタジオ in USJ
名称=MBSスタジオ in USJ
旧名称=
用途=スタジオ (映像撮影) スタジオ
旧用途=
設計者=大林組
構造設計者=
施工=
建築主=大林組
構造形式=
敷地面積=
建築面積=
延床面積=
階数=
高さ=
着工=
竣工=2001年3月
改築=
所在地=大阪府大阪市此花区桜島2丁目1番33号
(Wikipedia:MBSスタジオ in USJ)

MBSニュース
『MBSニュース』(エムビーエスニュース)は、毎日放送(MBS)のラジオ・テレビで放送されるニュース番組のタイトル。テレビでは2011年11月から、『MBS NEWS』のタイトルで放送している。 ラジオ 1951年9月1日、新日本放送(NJB)として開局した当初から、毎日新聞社の協力による『毎日新聞ニュース』のタイトルで放送されてきた。1974年ニュース編集権が毎日新聞からMBSへ移管されたことに伴い、『毎日ニュース』に改題したが、1999年頃から『MBSニュース』にタイトルを改めた。MBSラジオのニュースは、共同通信社、毎日新聞、JNN、JRNからの配信と、MBS報道局が取材したニュースを伝えている。 生ワイド番組の内包ニュースとして放送される場合は、ニュースの合間に、番組の出演者と担当のアナウンサーでクロストークを展開することがある。『それゆけ!』金曜日のパーソナリティをやしきたかじんが務めていた時期には、12時過ぎの『毎日ニュース』で、たかじんと平松邦夫(当時の担当アナウンサー、後の大阪市長)のやり取りをはさんで40分以上も時間を費やしたこともあった。 (Wikipedia:MBSニュース)

MBS新世代漫才アワード
『MBS漫才アワード(エムビーエスまんざいアワード)』は、関西のテレビ・ラジオ放送局である毎日放送(MBS)が主催していた漫才コンテスト。2011年開催の第9回までは『MBS新世代漫才アワード(エムビーエスしんせだいまんざいアワード)』の名称で開催された。 これまで、NHK上方漫才コンテスト(NHK大阪放送局主催)や、ABCお笑い新人グランプリ→ABCお笑いグランプリ(ABCテレビ)、上方お笑い大賞→笑いの超新星→ytv漫才新人賞(讀賣テレビ放送)など、在阪の放送局各社が新人のお笑い芸人のコンテストを行ってきた中で、唯一そのようなコンテストを持っていなかったMBSが『MBS新世代漫才アワード』の名称で2003年からスタートさせた。 (Wikipedia:MBS新世代漫才アワード)

MBS夜な夜な倶楽部
MBS夜な夜な倶楽部(-よなよなくらぶ)はMBSラジオの深夜放送で2004年4月からスタート。放送時間は、火曜~金曜日1時00分から4時00分(月曜 - 木曜深夜)。生放送である。 永遠のライバル”であるABCラジオに対抗すべく、MBSラジオの深夜放送の一大改革として2002年4月から「+M」、「B」と合わせて「深夜のMBS」というイメージを開拓しようと、2時00分 ~ 4時50分の枠を「S」と題して、月~木曜(実際の日付では火~金曜)に4人のパーソナリティーによる音楽とトークの番組を企画したのが原点である。 それを2004年4月から更に大幅に見直し、火曜 - 金曜日(月 ~ 木曜深夜)の1時00分 ~ 3時00分までの2時間(野球中継が延長した場合、MBSサウンドパークスの兼ね合いもあり最大1時間ずらした上、時間短縮)に渡り日替わりで5人(火曜日のみ2名)が番組を担当してリニューアルスタートした。 (Wikipedia:MBS夜な夜な倶楽部)

MBS京都プロジェクト
MBS京都プロジェクト (えむびーえすきょうとぷろじぇくと)とは、毎日放送(MBS)が制作・放送する、京都府の伝統や美術に関するの番組やイベントなどの総称である。
毎年11月23日を京都の日と定め、特別番組を放送している。
真実の料理人(特別番組を放送)
ちちんぷいぷい (テレビ番組) ちちんぷいぷい(京都からの生放送)
水野真紀の魔法のレストラン(京都特集)
2007年5月19日土曜日は、「MBS京都スペシャル」として9時25分(実質11時58分)~17時30分まで特別番組が多数放送された。
せやねん! 京都秘(まるひ)の美SP 雅&角のブラブラどこいこ!?(11:58 - 13;54)
せやねん!メインパーソナリティのトミーズ雅と、ちちんぷいぷい (テレビ番組) ちちんぷいぷいメインパーソナリティの角淳一が、「京都の美」をテーマに町を練り歩く。途中、「スタア祇園の隠れ家」「京大生100人が教える! 劇うまラーメンキング」などの情報もVTRで紹介。ほかの出演は、里見浩太朗・未知やすえ・松井愛(MBSアナウンサー)・チュートリアル (お笑いコンビ) チュートリアル・ロザン・千鳥 (お笑いコンビ) 千鳥ら。
(Wikipedia:MBS京都プロジェクト)

MBS企画
株式会社MBS企画(エムビーエスきかく、MBS Planning Corporation)は、日本のコングロマリット。大阪府に本社を置く放送局、毎日放送(MBS)の関連会社の一つで、MBSなどのテレビ・ラジオ番組の企画・制作やイベント・出版物の企画・刊行、住宅展示場の運営・管理などを行っている。 1968年7月31日、MBSの全額出資により「株式会社ミリカ音楽出版」として設立。MBSのラジオ番組「MBSヤングタウン」で生まれたヒット曲の権利ビジネスを展開することを目的とした。 1989年7月10日に「株式会社エムビーエス企画」に商号を変更し、音楽出版社からテレビ・ラジオ・イベントの企画・制作を手がける総合制作プロダクションに移行した。2001年7月、音楽出版事業を「株式会社ミリカ・ミュージック」に分社したのち、2002年11月29日、現行の「株式会社MBS企画」(社名登記をカタカナから英字に変更)に商号を変更した。 (Wikipedia:MBS企画)

MBSドクホン
MBSドクホン(エムビーエスドクホン)は、毎日放送が発行していた情報誌(フリーペーパー)。 2004年1月に創刊0号を発行。第19号(2007年4月発行)をもって休刊中。 発行 編集・発行(株)毎日放送 編成局宣伝部定価0円配布場所サポートショップ(一覧) 表紙構成 創刊0号から11号までは表紙が一色で構成されており、番組出演者の写真と白抜きで台詞が書かれる(創刊0号は角淳一が登場し、『ちちんぷいぷい』の「こんにちは。私は角淳一です。あなたはどなたでしょうか。」という台詞が載った)ものだった。これに対し、裏表紙に共演者からのツッコミが入るという構成がほとんどであった。 12号以降は表紙が全面リニューアル。白地をバックに番組出演者をカッコよく描いたイラストが掲載されるようになった。 また裏表紙の下隅には海原はるかの頭髪部の拡大写真が掲載され、バーコードと称している。一度だけブラックマヨネーズの小杉竜一が登場しており、同社制作の『ジャイケルマクソン』に出演した際の罰ゲームでパンチパーマになった時の拡大写真が掲載された。 (Wikipedia:MBSドクホン)

MBSニュースワイドアングル
MBSニュースワイドアングルは、毎日放送ラジオ(MBSラジオ)で2003年1月から2005年3月までの間放送されたニュース報道および情報系のラジオ番組である。 「MBSイブニングレーダー」から続くMBSラジオ伝統の夕方報道ワイド枠(全国のラジオ・テレビ併営局では珍しい「ラジオ報道部」が製作)の番組として、「情報ラヂオ・スパイス!」の終了(2002年(平成14年)12月30日)に伴い、2003年(平成15年)1月6日からスタートした。放送時間は毎週月曜日から金曜日の16:00〜17:33。2003年9月29日月曜日からは16:00〜17:30となった。 毎回日替わりのコメンテーターによるニュース解説や近藤勝重による「ラジオイミダス」や、金曜日は「アングル金曜かわら版」と題し、月〜木とは若干趣きを変え、リスナーからの時事川柳などを紹介したりしていた。 2005年春の番組改編の為、2005年(平成17年))3月22日火曜日の放送をもって番組を終了し、「MBSイブニングレーダー」→「諸口あきらのイブニングレーダー」→「情報ラヂオ・スパイス!」→「MBSニュースワイドアングル」と約21年間続いたMBSラジオの夕方報道ワイド番組が終了することとなった。 (Wikipedia:MBSニュースワイドアングル)

MBSナイトアングル
『MBSナイトアングル』(エムビーエスナイトアングル)は、2003年4月から2005年3月31日までMBSラジオ(毎日放送)で放送されていた報道番組である。 『MBSニュースワイドアングル』の姉妹編として、平日 21:00 - 21:30に放送。ただし、プロ野球シーズン中には原則『MBSタイガースナイター』の終了後に30分間放送という形を取っていた。番組は大きく3コーナーからなり、序盤がその日1日のまとめのニュース、中盤が特集「トゥディズ・アングル」、終盤がスポーツと天気という構成だった。 後継番組は23:55 - 0:00に放送の『MBSニュース最終便』。 トゥディズ・アングル 月曜日 エコノアングル(経済情報) 火曜日 週刊プレジデント(インタビュアー:子守康範) 水曜日 週刊お仕事図鑑 木曜日 木曜アングルレポート 金曜日 来週の予定放送開始当初は火曜日が「アングルレポート」、木曜日が「週刊プレジデント」という構成だったが、半年で曜日を交換した。 (Wikipedia:MBSナイトアングル)

MBSミッドナイトドライブ
MBSミッドナイトドライブ(エムビーエスミッドナイトドライブ)は、毎日放送(MBSラジオ)でかつて深夜に放送されていた音楽ラジオ番組である。 なお放送開始・終了日などはあくまで暦日で表記しているため、注意のこと。 番組開始は1980年代の後半ごろで、当時は日曜日(土曜深夜)の2時台に放送されていた。 その後日曜日3時間枠での放送となる。 1996年(平成8年)度上半期のみ月曜日(日曜深夜)の3時35分 ~ 4時50分に一旦移動したが半年で日曜日(土曜深夜)に復帰 1997年度から2002年3月の放送終了までは月曜日(日曜深夜)を除く毎夜放送された。 1997年-1999年3月、2:00 - 3:00 1999年 4月 - 2001年9月、3:00 - 4:00、 2001年10月 - 2002年3月、3:00 - 5:00※1999年3月まで3時台はTBSラジオからのネット受け(当初「いすゞ歌うヘッドライト〜コックピットのあなたへ〜」2時間だったが、1997年4月に1時間短縮となり当該枠は「Ride on music!」となった)をしていたが、1999年4月以後「Ride on music!」のネット縮小と、多くの局が「Be@t B@by!!」(TBSラジオは0時-1時)のネットに切り替えるも、MBS/ABCとも編成の都合上ネットしなかったため、この番組も3時スタートに繰り下げとなった。 (Wikipedia:MBSミッドナイトドライブ)

MBSニュース&天気
(Wikipedia:MBSニュース&天気)

MBSニュース最終便
『MBSニュース最終便』(エムビーエス・ニュースさいしゅうびん)は、2005年4月から2008年3月28日までMBSラジオ(毎日放送)で放送されていた、その日の『MBSニュース』のまとめ番組である。番組はその日のニュース、スポーツの結果、天気情報を伝えていた。 元々は『MBSナイトアングル』という番組で、2003年4月から2005年3月まで21:00 - 21:30(プロ野球シーズン中には原則、変動あり)に放送されていたが、『MBSニュースワイドアングル』の終了とワイド番組『ナニワ音楽ショウ』(金曜日は『UKビートフライヤー1179』)との枠交換によって2005年4月にタイトルを変更。23:45 - 24:00まで放送の15分番組となり、同時にストレートニュース番組に変更された。さらに2005年10月には『ゴーゴーモンキーズ』の枠拡大によって放送時間が15分前倒しの23:30 - 23:45になり、2006年4月には『ナニワ音楽ショウ』の枠拡大によって23:55 - 翌0:00に放送の5分番組となった。 (Wikipedia:MBSニュース最終便)

MBSニュース&天気
MBSニュース&天気(えむびーえすにゅーすあんどてんき)は、大阪・MBSテレビ(毎日放送)で毎週土曜日の18:50~19:00(特番期は、30分の繰り上げあり)に放送していた報道番組 報道・ニュース番組。1997年に土曜版MBSナウの終了に伴いスタート。(それまでこの枠は、「チャンネルメイト」という番宣番組を放送していた。)その日のニュースと、気象予報士による天気で構成されていたが、2005年夏頃から、古川アナだけの出演となり、同年10月1日の放送を以って事実上の最終回となった(余談だが、機動戦士ガンダムSEED DESTINYもこの日が最終回だった)。
古川圭子(毎日放送 MBSアナウンサー)
(Wikipedia:MBSニュース&天気)

MBSサウンドパークス
MBSサウンドパークスは毎週火曜から金曜日(月曜 - 木曜深夜)3時00分 ~ 4時00分に放送(野球中継が延長された場合でも番組編成の兼ね合いで必ず3時00分から1時間放送)されていたMBSラジオの音楽番組である。 なお放送開始・終了日などはあくまで暦日で表記しているため、注意のこと。 この番組はタイトルに一部あるように、2003年10月にオープンしたなんばパークス内に設置されたMBSラジオのサテライトスタジオ「パークスラジオパラダイス(通称パラパラスタジオ)」からの公開放送で、日替わりのパーソナリティーがこだわりの音楽と、アーティストをゲストに迎えてのトーク&ライヴセッションを展開するという番組である。2004年9月24日の放送を最後にMBS夜な夜な倶楽部の時間延長(1時00分 - 4時00分に拡大)に伴い終了した。 出演者 火曜日(月曜深夜)さんじゅうしちはち 水曜日(火曜深夜)中嶋慶子 木曜日(水曜深夜)JUN 金曜日(木曜深夜)LEO。 (Wikipedia:MBSサウンドパークス)


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第2位  ブギーポップは笑わない - 2019年01月14日


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ブギーポップは笑わない
『ブギーポップシリーズ』より : 『ブギーポップシリーズ』は、上遠野浩平による日本のライトノベルシリーズ。第1作『ブギーポップは笑わない』は第4回電撃ゲーム小説大賞受賞作品で、著者のデビュー作でもある。イラストは緒方剛志が担当。 "世界の敵"と戦うために一人の少女の中から浮かび上がってくる、ブギーポップと名乗る人格と、様々な夢や、希望や、あきらめや、悩みや、いろいろな思いを持っている少年少女達の物語。「ブギーポップ(不気味な泡)」とは、周囲に異変を察知した時に自動的に人格が浮かび上がってくることを由来とする、同名のキャラクターの自称を指す。 この作品のヒットが『ブラックロッド』(古橋秀之著)によって源流が作られた電撃文庫の個性を形作る流れをより強め、ライトノベルのレーベルの中での電撃文庫の位置づけをより確定的なものにすると共に、ライトノベル界に大きな影響を与えた。シリーズ累計発行部数は2010年8月現在で420万部を突破している。 海外アーティスト名を元にしたMPLS能力名の取り方など、荒木飛呂彦の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の影響を強く受けており、文章中にもオマージュ的な表現が見受けられる。 (Wikipedia:ブギーポップは笑わない)

ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom
『ブギーポップシリーズ』より : 『ブギーポップシリーズ』は、上遠野浩平による日本のライトノベルシリーズ。第1作『ブギーポップは笑わない』は第4回電撃ゲーム小説大賞受賞作品で、著者のデビュー作でもある。イラストは緒方剛志が担当。 "世界の敵"と戦うために一人の少女の中から浮かび上がってくる、ブギーポップと名乗る人格と、様々な夢や、希望や、あきらめや、悩みや、いろいろな思いを持っている少年少女達の物語。「ブギーポップ(不気味な泡)」とは、周囲に異変を察知した時に自動的に人格が浮かび上がってくることを由来とする、同名のキャラクターの自称を指す。 この作品のヒットが『ブラックロッド』(古橋秀之著)によって源流が作られた電撃文庫の個性を形作る流れをより強め、ライトノベルのレーベルの中での電撃文庫の位置づけをより確定的なものにすると共に、ライトノベル界に大きな影響を与えた。シリーズ累計発行部数は2010年8月現在で420万部を突破している。 海外アーティスト名を元にしたMPLS能力名の取り方など、荒木飛呂彦の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の影響を強く受けており、文章中にもオマージュ的な表現が見受けられる。 (Wikipedia:ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom)


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第3位  経済産業省 - 2019年01月14日


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経済産業省
経済産業省(けいざいさんぎょうしょう、略称:経産省(けいさんしょう)、英語: Ministry of Economy, Trade and Industry、略称:METI)は、日本の行政機関の一つである。民間の経済活力の向上及び対外経済関係の円滑な発展を中心とする経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ることを任務とする。 経済産業省設置法3条が定めた任務である「民間の経済活力の向上及び対外経済関係の円滑な発展を中心とする経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ること」を達成するため、経済産業政策、通商政策、産業技術、貿易・商務流通政策などを所管する。 2001年(平成13年)1月6日の中央省庁再編により、通商産業省(つうしょうさんぎょうしょう、英訳名: Ministry of International Trade and Industry, MITI、略称: 通産省)から移行する形で設置された。 (Wikipedia:経済産業省)

経済産業省 (日本)
『経済産業省』より : 経済産業省(けいざいさんぎょうしょう、略称:経産省(けいさんしょう)、英語: Ministry of Economy, Trade and Industry、略称:METI)は、日本の行政機関の一つである。民間の経済活力の向上及び対外経済関係の円滑な発展を中心とする経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ることを任務とする。 経済産業省設置法3条が定めた任務である「民間の経済活力の向上及び対外経済関係の円滑な発展を中心とする経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ること」を達成するため、経済産業政策、通商政策、産業技術、貿易・商務流通政策などを所管する。 2001年(平成13年)1月6日の中央省庁再編により、通商産業省(つうしょうさんぎょうしょう、英訳名: Ministry of International Trade and Industry, MITI、略称: 通産省)から移行する形で設置された。 (Wikipedia:経済産業省 (日本))


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第4位  耳をすませば - 2019年01月14日


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耳をすませば
『耳をすませば』(みみをすませば、英題:Whisper of the Heart)は、柊あおいの漫画作品、およびそれを原作とした近藤喜文監督、スタジオジブリ製作の劇場アニメ作品。 アニメ映画版では、背景美術として東京都多摩市と同武蔵野市を描写した絵柄が多く見られる。 漫画 耳をすませば 『りぼん』1989年8月号 - 11月号にて連載。1990年、りぼんマスコットコミックスにて単行本化。2005年、文庫本(コミック版)にて発売。全1巻。「耳をすませば〜幸せな時間〜」同時収録。 読書が大好きな中学1年生の少女、月島雫(つきしま しずく)。雫は愛読書の図書貸し出しカードに天沢聖司(あまさわ せいじ)という名が度々あることに気がつき、知らない彼への思いをめぐらす。そんなある日、電車の車内で出会った猫に導かれ、地球屋という不思議な店に迷い込む。 耳をすませば 幸せな時間 『りぼんオリジナル』1995年8月号に掲載。1996年りぼんマスコットコミックスにて単行本化。全1巻。「桔梗の咲く頃」同時収録。 中学生最後の夏休み。 (Wikipedia:耳をすませば)

耳をすませば 幸せな時間
『耳をすませば』より : 『耳をすませば』(みみをすませば、英題:Whisper of the Heart)は、柊あおいの漫画作品、およびそれを原作とした近藤喜文監督、スタジオジブリ製作の劇場アニメ作品。 アニメ映画版では、背景美術として東京都多摩市と同武蔵野市を描写した絵柄が多く見られる。 漫画 耳をすませば 『りぼん』1989年8月号 - 11月号にて連載。1990年、りぼんマスコットコミックスにて単行本化。2005年、文庫本(コミック版)にて発売。全1巻。「耳をすませば〜幸せな時間〜」同時収録。 読書が大好きな中学1年生の少女、月島雫(つきしま しずく)。雫は愛読書の図書貸し出しカードに天沢聖司(あまさわ せいじ)という名が度々あることに気がつき、知らない彼への思いをめぐらす。そんなある日、電車の車内で出会った猫に導かれ、地球屋という不思議な店に迷い込む。 耳をすませば 幸せな時間 『りぼんオリジナル』1995年8月号に掲載。1996年りぼんマスコットコミックスにて単行本化。全1巻。「桔梗の咲く頃」同時収録。 中学生最後の夏休み。 (Wikipedia:耳をすませば 幸せな時間)


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第5位  東京オリンピック - 2019年01月14日


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東京オリンピック
東京オリンピック(とうきょうオリンピック)は、1964年(昭和39年)10月10日(後の体育の日)から10月24日の期間にかけて日本の東京で開かれた第18回夏季オリンピック。 1940年大会の開催権を返上した日本及びアジア地域で初めて開催されたオリンピックで、また有色人種国家における史上初のオリンピックでもある。歴史的には、第二次世界大戦で敗戦し急速な復活を遂げた日本が、再び国際社会の中心に復帰するシンボル的な意味を持った。 また、1940年代から1960年代にかけてヨーロッパ諸国やアメリカによる植民地支配を破り、次々と独立を成し遂げたアジアやアフリカ諸国による初出場が相次ぎ、過去最高の出場国数となった。 開会式は10月10日、閉会式は10月24日に行なわれた。開会宣言は昭和天皇、組織委員会会長は安川第五郎、準備委員長は新田純興であった。開会式の10月10日は、1966年(昭和41年)以降体育の日として親しまれるようになったが、体育の日は2000年(平成12年)より10月の第2月曜日となっている。 (Wikipedia:東京オリンピック)

東京オリンピック (1964年)
『東京オリンピック』より : 東京オリンピック(とうきょうオリンピック)は、1964年(昭和39年)10月10日(後の体育の日)から10月24日の期間にかけて日本の東京で開かれた第18回夏季オリンピック。 1940年大会の開催権を返上した日本及びアジア地域で初めて開催されたオリンピックで、また有色人種国家における史上初のオリンピックでもある。歴史的には、第二次世界大戦で敗戦し急速な復活を遂げた日本が、再び国際社会の中心に復帰するシンボル的な意味を持った。 また、1940年代から1960年代にかけてヨーロッパ諸国やアメリカによる植民地支配を破り、次々と独立を成し遂げたアジアやアフリカ諸国による初出場が相次ぎ、過去最高の出場国数となった。 開会式は10月10日、閉会式は10月24日に行なわれた。開会宣言は昭和天皇、組織委員会会長は安川第五郎、準備委員長は新田純興であった。開会式の10月10日は、1966年(昭和41年)以降体育の日として親しまれるようになったが、体育の日は2000年(平成12年)より10月の第2月曜日となっている。 (Wikipedia:東京オリンピック (1964年))

東京オリンピックにおける競泳競技
東京オリンピックにおける競泳競技 (夏季オリンピック) 競泳競技は、国立代々木競技場 代々木オリンピックプールで1964年10月11日から10月18日までの競技日程で実施された。
今大会から男女の個人メドレーと男子100m自由形リレーが追加された。これにより男子は10種目、女子は8種目で争われた。
100m自由形
400m自由形
1500m自由形
200m背泳ぎ
200m平泳ぎ
200mバタフライ
400m個人メドレー
4 x 100m自由形リレー
4 x 100mメドレーリレー
4 x 200m自由形リレー
100m自由形
400m自由形
100m背泳ぎ
200m平泳ぎ
100mバタフライ
400m個人メドレー
(Wikipedia:東京オリンピックにおける競泳競技)

東京オリンピックにおけるバレーボール競技
1964年の東京オリンピックにおけるバレーボール競技は、男子競技は10月13日に開幕し、ソビエト連邦が金メダルを獲得した。女子競技は10月11日に開幕し、日本が金メダルを獲得した。 男子は10カ国、女子は6ヶ国が参加。駒沢オリンピック公園総合運動場体育館と横浜文化体育館の2会場に分かれ、1回戦総当り方式で行われた。 男子競技 試合結果 10月13日 10月14日 10月15日 10月17日 10月18日 10月19日 10月21日 10月22日 10月23日 最終結果 女子競技 試合結果 10月11日 10月12日 10月13日 10月14日 10月15日10月17日 10月18日 10月19日 10月21日 10月22日 10月23日 最終結果 各国メダル数 関連項目 鈴木文彌 (女子バレーボール中継で、決勝のテレビ中継実況を担当したNHKアナウンサー) 土門正夫(女子バレーボール中継で、決勝のラジオ中継実況を担当したNHKアナウンサー) 西田善夫 (バレーボール中継で、実況を担当したNHKアナウンサー) 外部リンク 日本オリンピック委員会 - 1964東京 sports-reference.com。 (Wikipedia:東京オリンピックにおけるバレーボール競技)

東京オリンピック (1940年)
東京オリンピック(とうきょうオリンピック)は、1940年(昭和15年)に日本の東京市(現・東京都区部)で開催されることが予定されていた夏季オリンピックである。 史上初めて欧米以外の有色人種国家であり、アジアで行われるオリンピック大会、そして紀元二千六百年記念行事として準備が進められていたものの、日中戦争の影響等から日本政府が開催権を返上、実現には至らなかった。 当時の「五大国」の一つである日本の首都・東京での開催は1936年(昭和11年)の国際オリンピック委員会(IOC)で決定し、それ以降には開催の準備が進められていたものの、支那事変等の影響から日本政府は1938年(昭和13年)7月にその実施の中止を決定した。1940年大会の代替地として、オリンピックの招致合戦で東京の次点であったヘルシンキが予定されたが、第二次世界大戦の勃発によりこちらも中止となった。 日本は第二次世界大戦での敗戦後、1960年(昭和35年)の夏季大会に東京を開催地として再びオリンピック開催地として立候補、東京での開催は「東京オリンピック」として1964年(昭和39年)に実現した。 (Wikipedia:東京オリンピック (1940年))

東京オリンピックにおけるサッカー競技
1964年の東京オリンピックにおけるサッカー競技 (夏季オリンピック) サッカー競技は、10月11日に開幕した。10月23日に決勝戦が行われ、金メダルを獲得したのはハンガリーであった。
前回大会であるローマオリンピック 1960年のローマオリンピックから出場国を2つ減らして行われた。東京大会でも東側諸国の活躍が目立ち、金銀銅全てのメダルを東ヨーロッパ 東欧諸国が独占した。
イタリアと朝鮮民主主義人民共和国 北朝鮮が棄権したことによって、参加国14ヶ国となったため、4ヶ国によるグールプ2つと、3ヶ国によるグループ2つと言う変則的な方式で予選が行われた。各グループにおいて、上位2ヶ国が決勝トーナメントに進出すると言う方式であった。試合は、東京の駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場、国立西が丘サッカー場 西が丘サッカー場、秩父宮ラグビー場、国立霞ヶ丘陸上競技場の他、横浜市の三ツ沢公園球技場 三ツ沢球技場、大宮市(当時)のさいたま市大宮公園サッカー場 大宮サッカー場で開催された。決勝戦は東京オリンピックのメインスタジアムで国立霞ヶ丘陸上競技場で行われた。
(Wikipedia:東京オリンピックにおけるサッカー競技)

東京オリンピック構想
東京オリンピック構想 1940年夏季オリンピックの東京招致。東京オリンピック (1940年)参照。 1960年夏季オリンピックの東京招致。1960年東京オリンピック構想参照。 1964年夏季オリンピックの東京招致。東京オリンピック参照。 2016年夏季オリンピックの東京招致。2016年東京オリンピック構想参照。 2020年夏季オリンピックの東京招致。2020年東京オリンピック構想参照。 (Wikipedia:東京オリンピック構想)

東京オリンピックにおけるバスケットボール競技
東京オリンピックにおけるバスケットボール競技は1964年10月11日から10月23日まで国立代々木第2体育館で男子が行われた。 メダリスト 予選リーグ グループA グループB トーナメント 予備戦 決定戦 最終成績 外部リンク sports-reference.com。 (Wikipedia:東京オリンピックにおけるバスケットボール競技)

東京オリンピックの開会式
東京オリンピックの開会式(とうきょうオリンピックのかいかいしき、1964 Summer Olympics Opening Ceremony)は、東京オリンピック大会初日の1964年10月10日土曜日に国立競技場で行われた開会式。前日(10月9日)は台風の接近により雨が降ったが、当日は抜けるような青空の秋晴れになった。 開会式は昭和天皇・香淳皇后を始め、皇太子夫妻(現天皇・皇后)、10日前に結婚したばかりの常陸宮夫妻などの皇族が臨席し、病気静養中であった池田勇人総理大臣や河野一郎オリンピック担当大臣などの各閣僚、衆参両院議長、及びブランデージ国際オリンピック委員会 (IOC) 会長を始めIOC委員及び各国の来賓らが出席して行われた。参加94か国、7,060人の選手団が入場行進を行った。 開会式は以下の順序で行われた。 開会式の冒頭、「オリンピック序曲」(作曲:團伊玖磨)演奏。 各参加国の国旗が競技場の観客席の最後段にあるポールから掲揚。 電子音楽「オリンピック・カンパノロジー」(作曲:黛敏郎)が再生演奏。 (Wikipedia:東京オリンピックの開会式)

東京オリンピック日本選手団
東京オリンピックにおける日本選手団は1964年に開催された東京オリンピックの日本選手団。メダル獲得者・団体の詳細。選手名及び所属は1964年当時のもの。 人員: 選手 355人、役員 82人 主将:小野喬、旗手:福井誠 結団式:10月1日 解団式:11月5日 メダル獲得者 金メダル 三宅義信(ウエイトリフティング男子フェザー級) 吉田義勝(レスリングフリースタイル男子フライ級) 渡辺長武(レスリングフリースタイル男子フェザー級) 上武洋次郎(レスリングフリースタイル男子バンタム級) 市口政光(レスリンググレコローマンスタイル男子バンタム級) 花原勉(レスリンググレコローマンスタイル男子フライ級) 中谷雄英(柔道男子軽量級) 小野喬 ・遠藤幸雄・鶴見修治・山下治広・早田卓次・三栗崇(体操男子団体) 遠藤幸雄(体操男子個人総合) 岡野功(柔道男子中量級) 猪熊功(柔道男子重量級) 早田卓次(体操男子種目別つり輪) 桜井孝雄(ボクシング男子バンタム級) 磯辺サダ・河西昌枝・近藤雅子・佐々木節子・篠崎洋子・渋木綾乃・谷田絹子・半田百合子・藤本佑子・松村勝美・松村好子・宮本恵美子(女子バレーボール) 山下治広(体操男子種目別跳馬) 遠藤幸雄(体操男子種目別平行棒) 銀メダル 鶴見修治(体操男子個人総合) 遠藤幸雄(体操男子種目別ゆか) 鶴見修治(体操男子種目別あん馬) 鶴見修治(体操男子種目別平行棒) 神永昭夫(柔道男子無差別級) 銅メダル 円谷幸吉(陸上競技男子マラソン) 福井誠・岩崎邦宏・庄司敏夫・岡部幸明(競泳男子4×200mリレー) 池田尚弘・小瀬戸俊昭・小山勉・佐藤安孝・菅原貞敬・出町豊・猫田勝敏・南将之・森山輝久・徳富斌・中村裕造・樋口時彦(男子バレーボール) 池田敬子・ 相原俊子・小野清子・中村多仁子・辻宏子・千葉吟子(体操女子団体) 堀内岩雄(レスリングフリースタイルライト級) 一ノ関史郎(ウエイトリフティング男子バンタム級) 大内仁(ウエイトリフティング男子ミドル級) 吉川貴久(射撃男子フリーピストル) 陸上競技 総監督:織田幹雄 監督:南部忠平 ヘッドコーチ:田島直人 コーチ:釜本文男 コーチ:西内文夫 マネージャー:貞永信義 男子 安田寛一(八幡製鉄) 男子110mハードル:準決勝で落選(14秒3) 円谷幸吉(自衛隊) 男子10000m:6位(28分59秒4) 男子マラソン:銅メダル(2時間16分22秒8) 猿渡武嗣(中大) 男子3000m障害:予選落選(8分46秒6) 奥沢善二(東急電鉄) 男子3000m障害:予選落選(8分50秒0) 横溝三郎(リッカー) 男子3000m障害:予選落選(9分04秒6) 岡崎高之(八幡製鉄) 男子三段跳:10位(15m90) 岡本登(旭化成) 男子ハンマー投:予選落ち(61m51) 河津光朗(日本レイヨン) 男子走幅跳:予選落ち(7m28) 笠原章平(東急電鉄) 男子ハンマー投:予選落ち(61m87) 岩下察男(旭化成) 男子5000m:予選落ち(14分18秒4) 宮崎欣也(大昭和製紙) 男子走高跳:予選落ち(1m95) 金井秀太(日立) 男子やり投:予選落ち(65m85) 金子宗平(リッカー) 男子円盤投:予選落ち(46m46) 栗林喜右衛(自衛隊) 男子20km競歩:25位(1時間43分07秒0) 君原健二(八幡製鉄) 男子マラソン:8位(2時間19分49秒0) 江尻忠正(日本ゼオン) 男子50km競歩:22位(4時間37分31秒8) 高柳慧(リッカー) 男子走幅跳:予選落ち(7m15) 斎藤和夫(倉敷精錬) 男子50km競歩:25位(4時間43分01秒0) 桜井孝次(日立) 男子三段跳:予選落ち(15m59) 三木孝志(東急電鉄) 男子やり投:予選落ち(68m70) 三輪寿美雄(旭化成) 男子50km競歩:27位(4時間52分00秒6) 山口東一(東急電鉄) 男子1500m:予選落ち(3分56秒7) 山田宏臣(東急電鉄) 男子走幅跳:9位(7m16) 糸川照雄(東急電鉄) 男子砲丸投:予選落ち(15m85) 寺沢徹(倉敷レイヨン) 男子マラソン:15位(2時間23分09秒0) 森本葵(リッカー) 男子800m:準決勝で落選(1分47秒7) 杉岡邦由(八幡製鉄) 男子走高跳:予選落ち(2m00) 菅原武男(リッカー) 男子ハンマー投:13位(63m69) 盛田久生(日立) 男子棒高跳:予選落ち(4m20) 石黒昇(東京地方貯金局) 男子20km競歩:23位(1時間39分40秒0) 船井照夫(東急電鉄) 男子10000m:14位(29分33秒2) 早瀬公忠(八幡製鉄) 男子400m:予選落ち(48秒5) 太田富夫(大昭和製紙) 男子三段跳:予選失格 大串啓二(旭化成) 男子400mハードル:予選落ち(53秒6) 大坪政士(日立) 男子棒高跳:予選落ち(4m20) 鳥居義正(東教大) 男子棒高跳:予選失格(記録なし) 田中章(名古屋鉄道) 男子110mハードル:予選落ち(14秒5) 渡辺和己(九州電工) 男子10000m:28位(31分00秒6) 内藤靖雄(東洋工業) 男子20km競歩:途中棄権 飯島恵喜(大昭和製紙) 男子400mハードル:予選落ち(52秒8) 飯島秀雄(早大) 男子100m:準決勝落選(10秒6) 男子200m:棄権 油井潔雄(中大) 男子400mハードル:予選落ち(54秒7) 鈴木章介(大昭和製紙) 男子十種競技:15位(6838ポイント) 浅井浄(関学大)・飯島秀雄・蒲田勝(東急電鉄)・室洋二郎(前田建設) 男子4×100mリレー:予選落ち(40秒6) 天野義裕(東教大)・早瀬公忠・誉田徹(日本レイヨン)・吉田正美(日大) 男子4×400mリレー:予選落ち(3分12秒3) 土谷和夫(日大) 出場せず 女子 伊沢まき子(高畠高) 女子200m:予選落ち(25秒4) 依田郁子(リッカー) 女子80mハードル:5位(10秒7) 横山弘子(リッカー) 女子円盤投:予選落ち(47m18) 岸本幸子(日立) 女子走幅跳:予選落ち(5m87) 香丸恵美子(三潴高) 女子走幅跳:予選落ち(5m66) 高橋美由紀(片山女高) 女子五種競技:18位(3914) 佐藤弘子(リッカー) 女子やり投:7位(52m48) 小川清子(長良高) 女子400m:準決勝落選(57秒1) 小保内聖子(リッカー) 女子砲丸投:予選落ち(13m70) 鳥居充子(東急電鉄) 女子走高跳:予選落ち(1m60) 片山美佐子(帝人松山) 女子やり投:11位(46m87) 木崎正子(中大) 女子800m:予選落ち(2分18秒6) 井口任子(リッカー)・江副令子(リラックス化粧品)・宮本悦子(中京大)・依田郁子 女子4×100mリレー:予選落ち(47秒0) 佐藤美保(長良高) 出場せず 水泳 総監督:高石勝男 監督:田口正治 男子競泳ヘッドコーチ:村上勝芳 男子競泳コーチ:長沢二郎 女子競泳コーチ:岡田正一 飛込みコーチ:小柳富男 水球コーチ:鶸田武 競泳 伊藤圭祐(早大) 男子200m背泳ぎ:準決勝7位(2分17秒6) 岡部幸明(蝶里) 男子100m自由形:準決勝3位(55秒2) 岩本和行(柳井商工高) 男子1500m自由形:予選落ち(17分52秒7) 吉無田春男(八幡製鉄) 男子400m自由形:予選落ち(4分28秒8) 後藤忠治(大丸) 男子100m自由形:準決勝5位(55秒6) 佐々木末昭(中大) 男子1500m自由形:6位(17分25秒3) 佐藤好助(八幡製鉄) 男子200mバタフライ:準決勝4位(2分13秒4) 山影武士(明大) 男子400m自由形:予選落ち(4分27秒8) 山中毅(大洋漁業) 男子400m自由形:6位(4分19秒1) 松本健次郎(早大) 男子200m平泳ぎ:準決勝5位(2分34秒3) 大隅潔(明大) 男子200m背泳ぎ:準決勝5位(2分17秒0) 大林敦(中大) 男子200mバタフライ:準決勝5位(2分14秒1) 中野悟(桜宮高) 男子1500m自由形:予選落ち(17分40秒4) 鶴峯治(海上自衛隊) 男子200m平泳ぎ:6位(2分33秒6) 藤本達夫(松下電器) 男子100m自由形:準決勝6位(55秒8) 敷石義秋(松下電器) 男子200m平泳ぎ:準決勝6位(2分34秒5) 福島滋雄(日大) 男子200m背泳ぎ:4位(2分13秒2) 門永吉典(柳井商工高) 男子200mバタフライ:6位(2分12秒6) 石川健二(日大)・岡部幸明・中島功(ブリヂストン)・福島滋雄 男子4×100mメドレーリレー:5位(4分06秒6) 岩崎邦宏(早大)・岡部幸明・後藤忠治・藤本達夫・石原勝記(ブリヂストン、予選出場) 男子4×100m自由形リレー:4位(3分40秒5) 岩崎邦宏・岡部幸明・庄司敏夫(ブリヂストン)・福井誠(八幡製鉄) 男子4×200m自由形リレー:銅メダル(8分03秒8) 藤島洋三(早大) 出場せず 浦上涼子(筑紫女高) 女子100m自由形:予選落ち(1分04秒5) 菊谷多鶴子(五条高) 女子400m自由形:予選落ち(5分06秒3) 江坂君子(中京大) 女子400m個人メドレー:予選落ち(5分42秒1) 高橋栄子(別府大) 女子100mバタフライ:7位(1分09秒1) 佐藤公子(日本楽器) 女子100mバタフライ:準決勝8位(1分11秒2) 斎藤弘子(中京大) 女子100mバタフライ:予選落ち(1分13秒1) 山本憲子(八幡製鉄) 女子200m平泳ぎ:予選落ち(2分57秒0) 松田奈津子(五条高) 女子400m個人メドレー:予選落ち(5分51秒5) 森実芳子(筑紫女高) 女子200m平泳ぎ:予選落ち(2分59秒9) 早川一枝(吉原市商高) 女子400m自由形:予選落ち(4分56秒5) 田中聡子(八幡製鉄) 女子100m背泳ぎ:4位(1分08秒06) 東美代子(ロート製薬) 女子100m自由形:予選落ち(1分06秒4) 木原美知子(山陽女高) 女子100m背泳ぎ:予選落ち(1分11秒11) 木村トヨ子(八幡製鉄) 女子100m自由形:予選落ち(1分04秒8) 木原美知子・高橋栄子・田中聡子・山本憲子 女子4×100mメドレーリレー:4位(4分42秒0) 東美代子・浦上涼子・木原美知子・木村トヨ子 女子4×100m自由形リレー:予選落ち(4分19秒2) 飛込 有光洋右(日大) 男子高飛込:14位(90.56) 金戸俊介(リッカー) 男子高飛込:11位(91.31) 男子飛板飛込:24位(71.59) 土佐忠雄(早大) 男子飛板飛込:11位(89.10) 山野外嗣夫(北陸軽金) 男子飛板飛込:21位(81.74) 大坪敏郎(日体大) 男子高飛込:8位(142.05) 河合初子(相愛女短大出) 女子高飛込:16位(45.00) 大崎恵子日体大 女子高飛込:15位(45.20) 渡辺久美子(リッカー) 女子高飛込:18位(43.50) 女子飛板飛込:9位(120.34) 馬淵かの子(倉敷レイヨン) 女子飛板飛込:7位(125.28) 水球 青山礼三(川島繊維)・荒川八郎(東京テアトル)・飯田矩偉(安田生命)・加藤峰男(横河電機)・桑原重治(丸和鉱油)・皐月啓左(金沢産薬)・清水洋二(東急不動産)・高木弘毅(東京美装)・竹内和也(早大)・藤本重信(ブリヂストン)・横山隆(日興証券) 男子:予選リーグ敗退 体操 監督兼ヘッドコーチ:竹本正男 男子チームリーダー:塚脇伸作 女子コーチ:城田由美子 女子チームリーダー:荒川御幸 ピアニスト:宅孝二 ピアニスト:山本直純 男子 遠藤幸雄(日大勤務) 男子つり輪:6位(19.250) 男子個人総合:金メダル(115.95) 男子床運動:銀メダル(19.350) 男子跳馬:6位(19.075) 男子鉄棒:5位(19.050) 男子平行棒:金メダル(19.675) 三栗崇(順天大勤務) 男子あん馬:6位(18.650) 男子個人総合:9位(114.80) 男子床運動:5位(19.100) 山下治広(日体大勤務) 男子あん馬:4位(19.075) 男子跳馬:金メダル(19.600) 小野喬(東洋レーヨン) 男子個人総合:11位(114.40) 男子鉄棒:6位(19.000) 早田卓次(日大助手) 男子つり輪:金メダル(19.475) 男子個人総合:8位(114.90) 鶴見修治(日体大助手) 男子あん馬:銀メダル(19.325) 男子つり輪:5位(19.275) 男子個人総合:銀メダル(115.40) 男子跳馬:4位(19.225) 男子平行棒:銀メダル(19.450) 遠藤幸雄・小野喬・鶴見修治・早田卓次・三栗崇・山下治広 男子団体総合:金メダル(577.95) 相羽好弘(法政二高教):出場せず 女子 小野清子(慶大勤務) 女子個人総合:9位(75.665) 千葉吟子(日体大勤務) 女子個人総合:24位(74.665) 相原俊子(日体大出) 女子個人総合:7位(75.997) 女子段違い平行棒:4位(18.782) 女子跳馬:4位(19.282) 池田敬子(日体大勤務) 女子個人総合:6位(76.031) 女子平均台:6位(19.216) 中村多仁子(東教大) 女子個人総合:19位(75.198) 辻宏子(藤花高教) 女子個人総合:25位(74.597) 相原俊子・池田敬子・小野清子・千葉吟子・辻宏子・中村多仁子 女子団体:銅メダル(377.889) 渋谷多喜(日大勤務) 出場せず 自転車 監督兼コーチ:杉原鏘一郎 コーチ:徳増武彦 自転車技工:細野洋 河内剛(日大) 男子スクラッチ・レース:第1次予選敗者復活戦敗退 佐藤勝彦(法大) 男子1000mタイム・トライアル:10位(1分11秒68) 男子スクラッチ・レース:第2次予選敗者復活戦敗退 山藤浩三(法大) 男子4000m個人追抜競走:13位(5分17秒57) 山尾裕(中大) 男子194.832km個人ロード・レース:84位 赤松敏郎(自営) 男子194.832km個人ロード・レース:85位(5時間27分10秒00) 大宮政志(電電公社) 男子194.832km個人ロード・レース:36位(4時間39分51秒76) 辻昌憲(中京大) 男子194.832km個人ロード・レース:途中失格 手嶋敏光(自衛隊)・班目秀雄(日大) 男子タンデム・スプリント:予選敗者復活戦敗退 伊藤富士夫(法大)・高橋耕作(日大)・罐範男(中大)・山藤浩三 男子4000m団体追抜競走:11位(4分55秒04) 大宮政志・加藤武久(法大)・志村義夫(志村染色)・福原広次(日大) 男子109.893kmチーム・タイムトライアル・ロード・レース:19位(2時間40分13秒27) ウエイトリフティング 監督:井口幸男 コーチ:小林努 一ノ関史郎(法大) バンタム級:銅メダル(347.5) 古山征男(日本体育協会) バンタム級:6位(335.0) 三宅義信(自衛隊) フェザー級:金メダル(397.5) 三輪定広(名古屋鉄道) ミドル級:5位(422.5) 山崎弘(山崎弘) ライト級:6位(397.5) 大内仁(法大) ミドル級:銅メダル(437.5) 福田弘(明大) フェザー級:4位(375.5) 柔道 監督:松本安市 中谷雄英(明大) 軽量級:金メダル 岡野功(中大) 中量級:金メダル 猪熊功(順天大助手) 重量級:金メダル 神永昭夫(富士製鐵) 無差別級:銀メダル フェンシング 監督:飯田雄久 コーチ:中村忠夫 電気工:岡田育三 荒木敏明(立大) 男子エペ個人:予選敗退 柴田征二(東急観光) 男子サーブル個人:予選敗退 真野一夫(愛知日野ジーゼル) 男子フルーレ個人:予選敗退 船水光行(三石高級耐火工業) 男子サーブル個人:予選敗退 大川平三郎(黒田電気) 男子エペ個人:予選敗退 男子フルーレ個人:予選敗退 田淵和彦(松下電器) 男子エペ個人:予選敗退 男子フルーレ個人:予選敗退 北尾光弘(三石高級耐火工業) 男子サーブル個人:予選敗退 北尾光弘・柴田征二・清水富士夫(科研薬化工業)・船水光行 男子サーブル団体:予選敗退 荒木敏明・大川平三郎・田淵和彦・手島猛(大建)・港井克忠(八欧電機) 男子エペ団体:予選敗退 大川平三郎・清水富士夫・田淵和彦・戸田壮介(横浜トヨペット)・真野一夫 男子フルーレ団体:4位 大和田智子(専大) 女子フルーレ個人:予選敗退 竹内由江(白鷗高出) 女子フルーレ個人:予選敗退 保井多美子(日体大) 女子フルーレ個人:予選敗退 大和田智子・小森芳枝(専大)・竹内由江・保井多美子 女子フルーレ団体:予選敗退 レスリング 監督:風間栄一 フリーコーチ:笹原正三 グレココーチ:笹原茂 花原勉(日体大助手) グレコローマン・フライ級:金メダル 開健次郎(自衛隊) グレコローマン・ミドル級:3回戦敗退 吉田義勝(日大) フリースタイル・フライ級:金メダル 佐々木竜雄(日大) フリースタイル・ミドル級:5位 斎藤昌典(明大) フリースタイル・ヘビー級:3回戦敗退 桜間幸次(自衛隊) グレコローマン・フェザー級:4位 市口政光(辰野) グレコローマン・バンタム級:金メダル 上武洋次郎(オクラホマ州大) フリースタイル・バンタム級:金メダル 杉山恒治(東京観光ホテル) グレコローマン・ヘビー級:3回戦敗退 川野俊一(自衛隊) フリースタイル・ライトヘビー級:3回戦敗退 中浦章(東洋レーヨン) グレコローマン・ライトヘビー級:2回戦敗退 渡辺長武(中大出) フリースタイル・フェザー級:金メダル 渡辺保夫(明大) フリースタイル・ウエルター級:5位 藤田徳明(日体大助手) グレコローマン・ライト級:4位 風間貞夫(自衛隊) グレコローマン・ウエルター級:3回戦敗退 堀内岩雄(電電公社) フリースタイル・ライト級:銅メダル ボクシング 監督:田中宗夫 コーチ:永松英吉 益田弘二(早大) ライトミドル級:2回戦敗退 丸山忠行(自衛隊) スーパーヘビー級:1回戦敗退 吉野洲太(日大) フライ級:2回戦敗退 高山将孝(早大) フェザー級:2回戦敗退 桜井孝雄(中大) バンタム級:金メダル 天間一(自衛隊) ミドル級:1回戦敗退 白鳥金丸(早大) ライト級:3回戦敗退 浜田吉治郎(近大) ウエルター級:準々決勝敗退 米倉宝二(立大) ライトウエルター級:3回戦敗退 サッカー 監督:長沼健 コーチ:岡野俊一郎 小城得達(中大)・片山洋(三菱重工)・鎌田光夫(古河電工)・釜本邦茂(早大)・上久雄(八幡製鉄)・川淵三郎(古河電工)・杉山隆一(明大)・鈴木良三(日立)・継谷昌三(三菱重工)・富沢清司(八幡製鉄)・平木隆三(古河電工)・保坂司(古河電工)・宮本輝紀(八幡製鉄)・宮本征勝(古河電工)・森孝慈(早大)・八重樫茂夫(古河電工)・山口芳忠(中大)・横山謙三(立大)・渡辺正(八幡製鉄) 準々決勝敗退 バスケットボール 監督:吉井四郎 コーチ:武富邦中 江川嘉孝(明大)・海保宜生(住友金属)・小玉晃(東教大)・志賀政司(日本鉱業)・角田勝次(明大)・中村邦彦(日本鉱業)・奈良節雄(日本鉱業)・梅勝夫(積水化工)・藤江精二(三井生命)・増田貴史(住友金属)・諸山文彦(日大)・若林薫(日本鋼管) 男子:10位 バレーボール 男子 監督:坂上光男 コーチ:松平康隆 池田尚弘(八幡製鉄)・小瀬戸俊昭(帝人)・小山勉(富士フイルム)・佐藤安孝(日本鋼管)・菅原貞敬(東洋レーヨン)・出町豊(日本鋼管)・猫田勝敏(専売公社広島)・南将之(旭化成)・森山輝久(松下電器)・徳富斌(八幡製鉄、出場せず)・中村裕造(八幡製鉄、出場せず)・樋口時彦(日本鋼管、出場せず) 男子:銅メダル 女子 監督:大松博文 コーチ:河西昌枝(選手兼任) 磯辺サダ(大日本紡績)・河西昌枝(大日本紡績)・近藤雅子(倉敷紡績)・佐々木節子(大日本紡績)・篠崎洋子(大日本紡績)・渋木綾乃(ヤシカ)・谷田絹子(大日本紡績)・半田百合子(大日本紡績)・藤本佑子(大日本紡績)・松村勝美(大日本紡績)・松村好子(大日本紡績)・宮本恵美子(大日本紡績) 女子:金メダル ホッケー 監督:小林定義 コーチ:杉浦隆 岩橋邦雄(電通)・岡部道夫(中川金属)・加奥成雄(明大)・木原征治(東興商会)・高島昭男(法大)・滝沢健治(同和硝子)・武田守洋(法大)・田中博司(自営)・橋本征治(早大)・松本紀彦(明大)・三輪宏(精陶商会)・山岡敏彦(自営)・山口順一(三洋電機)・勇崎勝弘(明大)・勇崎恒也(明大コーチ)・吉村実(早大)・若林徹也(明大)・渡辺寛(明大) 男子:5・6位決定トーナメント敗退 カヌー 監督:中原乾二 ボートマン:白取義輝 東山日出夫(大正大) レーシング男子カヤック・シングル1000mK1:準決勝敗退(4分17秒44) 吉尾詔ニ(自衛隊) レーシング男子カナディアン・シングル1000mC1:敗者復活戦敗退(5分00秒88) 樫村勝房(専大)・小林英男(専大) レーシング男子カヤック・ペア1000mK2:敗者復活戦敗退(4分03秒67) 岩村俊一(自衛隊)・本田大三郎(自衛隊) レーシング男子カナディアン・ペア1000mC2:準決勝敗退(4分40秒54) 梅沢勇治(自衛隊)・江藤泉(自衛隊)・佐藤忠正(自衛隊)・隅本富夫(自衛隊) レーシング男子カヤック・フォー1000mK4:敗者復活戦敗退(3分34秒68) 大島裕子(大阪学芸大)・岡本敬子(大阪東第二高) レーシング女子カヤック・ペア500mK2:敗者復活戦敗退(2分18秒39) ボート 監督:佐賀直光 コーチ:堀内浩太郎 ボートマン:北川喜一郎 笠木聰臣(東教大) シングルスカル:11位(7分37秒90) 黒崎紀正(東京医科歯科大)・向後隆男(東京医科歯科大) かじ無しペア:敗者復活戦敗退(7分54秒53) 細谷進(早大)・村瀬康(早大) ダブルスカル:10位(7分15秒22) 石川元(慶大)・伊藤次男(中大)・大西恵弘(早大)・小笠原恒夫(日大)・菊地隆一(慶大)・佐藤直司(慶大)・長谷川辰(一橋大)・宮野洪一(明大)・万代治(慶大、かじ) エイト:10位(6分05秒14) 相田秀晃(中大)・大江英雄(中大)・松田征男(早大)・山内政勝(立大)・芳野法一(早大、かじ) かじ付きフォア:敗者復活戦敗退(7分31秒60) 木村文三(早大)・塚本公樹(早大)・本間康二(早大)・三木俊介(早大) かじ無しフォア:12位(6分51秒60) 井原勝彦(日大)・浜田俊裕(日大)・高月正宏(明大、かじ) かじ付きペア:敗者復活戦敗退(8分05秒30) セーリング 監督:小田千馬木 ボートマン:宮川清 山田貴司(三永工芸印刷) フィン級:21位(2486) 石井正行(中井)・大久保隆史(慶大)・小島正義(日立、出場せず) スター級:13位(1494) 棚町三郎(巴工業)・日色輝幸(巴工業)・舟岡正(巴工業) ドラゴン級:17位(762) 田上泰利(リッカー)・松田健次郎(リッカー) フライングダッチマン級:15位(2166) 萩原毅(巴工業)・松本富士也(巴工業)・吉田正雄(巴工業) 5.5m級:14位(1070) 近代五種 監督:古賀信男 三野茂樹(自衛隊) 個人:30位(4196) 内野重昭(警察官) 個人:15位(4619) 福留義秀(自衛隊) 個人:17位(4587) 内野重昭・福留義秀・三野茂樹 団体:8位(1402) 川田浦吉(警察官):出場せず 射撃 ライフル監督:岡田伝三 ピストル監督:滝沢光三 クレー監督:井口哲次郎 吉川貴久(警察官) ライフル射撃男子フリー・ピストル:銅メダル(554) 久保皖司(警察官) ライフル射撃男子ラピッド・ファイア・ピストル:8位(587) 高橋信司(警察官) ライフル射撃男子フリー・ピストル:26位(536) 斎藤繁美(自衛隊) ライフル射撃フリー・ライフル3姿勢:20位(1096) ライフル射撃男子スモール・ボア・ライフル3姿勢:34位(1106) 石井孝郎(明大出) ライフル射撃男子スモール・ボア・ライフル3姿勢:25位(1128) ライフル射撃男子スモール・ボア・ライフル伏射:48位(584) 綿貫甫(自衛隊) ライフル射撃フリー・ライフル3姿勢:28位(1128) 落合治(警察官) ライフル射撃男子ラピッド・ファイア・ピストル:24位(579) 林崎昭裕(明大) ライフル射撃男子スモール・ボア・ライフル伏射:6位(594) 佐波光男(矢田製菓) クレー射撃クレー・ピジョン:15位(189) 石下年安(大谷石材) クレー射撃クレー・ピジョン:30位(184) 馬術 監督:相川泰吉 副監督:須賀国晴 獣医:妹尾俊彦 馬取扱人:沢井亀吉 馬取扱人:菊地喜和男 馬取扱人:佐藤芳男 馬取扱人:山本三男子 馬取扱人:三浦秀 馬取扱人:成田定見 馬取扱人:戸塚栄 馬取扱人:高山昭 馬取扱人:高梨哲 井上喜久子(千代田宣伝社、馬名:勝登) 馬場馬術個人:16位 影山祐三(東京パック、馬名:トキノアラシ) 障害飛越個人:失権 岡部長衡(日本フェルト、馬名:青巴) 馬場馬術個人:19位 佐々信三(丸善石油、馬名:スナーフェル) 障害飛越個人:38位 勝本正則(勝本商店、馬名:栄天) 総合馬術:失権 松平正樹(成蹊大、馬名:日宝) 総合馬術:失権 松平頼典(日綿実業、馬名:浜千鳥II) 馬場馬術:21位 千葉幹夫(日本中央競馬会、馬名:真歌) 総合馬術:34位 前田陸利(愛知県庁、馬名:芳月) 総合馬術:失権 法華津寛(日本石油、馬名:ラロ) 障害飛越:40位 影山祐三・佐々信三(馬名:スナーフェル)・法華津寛(馬名:ラロ) 障害飛越団体:12位 岡部長衡・松平頼典(馬名:浜千鳥II)・井上喜久子(馬名:勝登) 馬場馬術団体:6位 佐藤伝一(福島畜産試験場) 障害飛越:出場せず 本部 団長:大島鎌吉 団長秘書:古橋廣之進 総務:柴田勝治 渉外:根上博 競技:安田誠克 総務:山辺貞雄 庶務会計:茶谷蔵吉 シャペロン:田島麻 ドクター:鈴木克也 ドクター:清水昭彦 本部要員:谷村和雄 本部要員:山田吉弥 本部要員:松野信昭 本部要員:土屋和平 本部要員:賀田四郎 本部要員:岩崎孝範 本部要員:甲斐基世 アタッシェ:塩沢幹 参考文献 日本オリンピック委員会監修 『近代オリンピック100年の歩み』 ベースボール・マガジン社、1994年 外部リンク JOCオリンピック歴代日本代表選手全記録。 (Wikipedia:東京オリンピック日本選手団)

東京オリンピックでの国・地域別メダル受賞数一覧
東京オリンピックでの国・地域別メダル受賞数一覧では、1964年10月10日から24日まで開催された東京オリンピックの国・地域別メダル受賞数をまとめた。 外部リンク 国際オリンピック委員会 - 1964東京。 (Wikipedia:東京オリンピックでの国・地域別メダル受賞数一覧)

東京オリンピックにおけるホッケー競技
東京オリンピックにおけるホッケー競技は、1964年10月11日から10月23日にかけて男子種目のみが実施された。会場は駒沢オリンピック公園。 15カ国が参加して行われた。今大会では7カ国と8カ国の2つのグループに分かれ、総当りの予選リーグを行った。予選リーグ各組1位と2位の計4チームが決勝トーナメントへ進出し、予選リーグ各組3位と4位の計4チームが5-6位決定戦へ進み以降はトーナメント方式により順位を決定した。5-6位決定予備戦敗退チームと予選リーグ5位以下のチームに対する順位決定戦は行われなかった。 競技結果 予選リーグA組 パキスタンとオーストラリアが決勝トーナメントへ、ケニアと日本は5-6位決定戦へ進出。 予選リーグB組 インドとスペインが決勝トーナメントへ、東西統一ドイツとオランダは5-6位決定戦へ進出。 5-6位決定戦 決勝トーナメント 最終順位 各国メダル数 外部リンク 日本オリンピック委員会 - ホッケー 1964東京公式資料 (PDF)。 (Wikipedia:東京オリンピックにおけるホッケー競技)

東京オリンピックの閉会式
第18回東京オリンピックの閉会式(とうきょうオリンピックのへいかいしき)は大会最終日の1964年10月24日土曜日に国立競技場で行われた。 オリンピックの閉会式は通常日曜日に行われるが、東京大会は15日間の日程であったので最終日が土曜日となった。 東京オリンピックの最終日は国立競技場で馬術競技が行われ、競技終了後、昭和天皇・香淳皇后が出席して閉会式が行われた。すっかり日が沈みかけて夕闇が迫る国立競技場に開会式と同じようにオリンピックマーチが演奏されてすぐに入場行進が始まった。 入場行進 入場行進は、開会式と同じように防衛大学生が持つプラカードと各国の旗手だけが国旗を持って入場し、最後の日本選手の日の丸の国旗の後に整然と国別に行進する予定であった。しかし、各国の選手団が国立競技場に入る前に国別に整列し入場を待つ予定であったものの、全ての競技を終えてリラックスした各国の選手団が係員の指示に従わず、その結果入り乱れたままになって、そのままで閉会式になだれ込むような形になった。 (Wikipedia:東京オリンピックの閉会式)

東京オリンピック (1964年)
東京オリンピック(とうきょうオリンピック)は、1964年(昭和39年)10月10日(後の体育の日)から10月24日の期間にかけて日本の東京で開かれた第18回夏季オリンピック。 1940年大会の開催権を返上した日本及びアジア地域で初めて開催されたオリンピックで、また有色人種国家における史上初のオリンピックでもある。歴史的には、第二次世界大戦で敗戦し急速な復活を遂げた日本が、再び国際社会の中心に復帰するシンボル的な意味を持った。 また、1940年代から1960年代にかけてヨーロッパ諸国やアメリカによる植民地支配を破り、次々と独立を成し遂げたアジアやアフリカ諸国による初出場が相次ぎ、過去最高の出場国数となった。 開会式は10月10日、閉会式は10月24日に行なわれた。開会宣言は昭和天皇、組織委員会会長は安川第五郎、準備委員長は新田純興であった。開会式の10月10日は、1966年(昭和41年)以降体育の日として親しまれるようになったが、体育の日は2000年(平成12年)より10月の第2月曜日となっている。 (Wikipedia:東京オリンピック (1964年))

東京オリンピック記念貨幣
東京オリンピック記念貨幣 (とうきょうオリンピックきねんかへい)とは、1964年(昭和39年)10月10日より開催された、第18回夏季オリンピックである東京オリンピック大会を記念して、発行された銀貨であり、記念貨幣としては日本初のものである。1000円銀貨および100円銀貨の2種類が発行された。 日本で初の開催となった第18回夏季オリンピック東京大会の記念貨幣の発行が、1964年2月14日、池田首相の決断により閣議決定された。当初は100円銀貨を発行する計画であったが、当時高度経済成長真っ只中にあり、通貨需要が飛躍的に伸び通常貨幣の大増産を行っている中、造幣局における100円銀貨の製造能力の関係上、直径、量目および材質は100円通常貨幣と同等のものとし、1964年度の100円貨幣発行計画分8000万枚を全て記念貨幣とし、既存の設備を流用して図案のみ変更して発行することとなった。 (Wikipedia:東京オリンピック記念貨幣)

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(とうきょうオリンピック・パラリンピックきょうぎたいかいそしきいいんかい、The Tokyo Organising Committee of the Olympic and Paralympic Games)は、2020年の東京オリンピック・東京パラリンピックのための組織委員会。略称は、TOCOG。2014年1月24日に発足した。現在の本部は虎ノ門ヒルズにある。 2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催地が東京となったことを受け、同競技大会の準備及び運営に関する事業を行うことを目的に、公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)と東京都により一般財団法人として設立され、2015年1月1日付で公益財団法人となった。 (Wikipedia:東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)


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