会津藩 - 関連ブログ

峠 最後のサムライ - 暮らしと勉強、猫と一緒に~Bettyのブログ

戊辰戦争とは、慶応4(1868)年1月3日から始まった旧幕府軍と新政府軍の戦いです。 いわゆる箱館戦争といわれる土方歳三率いる旧幕臣との戦いが終わる明治2(1869)年5月18日まで続きました。 155年前の今日ですね。 目次 箱館戦争 長岡藩の河井継之助 小山正太郎 箱館戦争 江戸から明治へと時代が変...

勝海舟、西郷隆盛と歩んだちょい悪親父の[真実]

犬に金玉を噛まれるも驚異の生命力で生還 勝海舟は、1823年、文政6年、江戸本所亀沢町で旗本勝小吉(かつこきち)の長男として生まれます。幼名は麟太郎(りんたろう)、勝家は徳川家康が天下を獲る前から仕えた譜代の旗本ですが、禄高は41石に過ぎず、役職にもつけない貧乏ぶりで父である小吉は、商人の用心棒や刀剣の目...

函館の夜景と五稜郭の桜:4回のスナップ写真レポート・・・④五稜郭タワーには土方歳三の姿も - 北穂高岳で味わう至福のひと時

函館の観光名所、五稜郭公園を訪ねた4月23日(火曜日)、桜は満開でした。 目次 「満開」が宣言された日 五稜郭は江戸幕府の役所だった 「星型」にした理由 「戊辰戦争」の最後の地となった 五稜郭は桜の名所に 「満開」が宣言された日 函館地方気象台はこの日、五稜郭公園の中にある、開花などの目安になる「標本木...

坂本龍馬は武田鉄矢に怒られるほどの[人物]だったのか?

天保6年土佐の富裕な郷士坂本家に生まれる 坂本龍馬は1836年の11月15日、土佐の郷士(ごうし)坂本八平(さかもとはちへい)の次男として生まれます。長男は権平、姉は千鶴(ちづる)、栄(えい)、乙女(おとめ)がいて龍馬は末っ子でした。元々、坂本家は商家で質屋、造り酒屋、呉服商を営み郷士株を買って侍身分になりました。...

来島又兵衛、幕末を駆ける壮絶[アラフィフ人生]

生まれながらのガキ大将 来島又兵衛は1817年長門国厚狭郡西高泊村(ながとのくにあつさぐんにしたかとまりむら)無給通組の下士喜多村政倫(きたむらまさみち)の次男として生まれました。無給通組というのは長州の下級武士では上級、しかし田畑は支給されず家禄だけなので、無給通組と呼ばれていました。1817年というのは西...

おでかけ記録(旧新橋停車場) - SIMPLE

普段、何気なく乗っている鉄道。その始まりがいつ、どこであったかってご存じでしょうか?今回はそんな鉄道の歴史に関係するスポットに行ってまいりましたよ❀ 旧新橋停車場 外観 ブルートレイン 夢の旅路へ 常設展 よもやま話 旧新橋停車場 外観 日本で最初に鉄道が開通した場所、それは東京の新橋-横浜間でした。横浜...

長州藩はどうして率先して攘夷を実行したり幕府に[喧嘩]を売ってしまったのか?

源頼朝のブレーン大江広元を祖にする長州藩 長州藩の祖である毛利元就(もうりもとなり)の先祖は、鎌倉幕府の初代将軍、源頼朝(みなもとのよりとも)のブレーンで朝廷に仕えていた大江広元(おおえのひろもと)の4男、大江季光(おおえすえみつ)だそうです。 しかし、鎌倉幕府の成立に尽力した大江氏も、季光の時代に執権(し...

桂小五郎:イケメン志士の未知なる一面、剣豪から[政治家]への道

病弱だけど悪ガキだった木戸孝允 木戸孝允は1833年、天保4年6月26日、長門国萩城下(はぎじょうか)の呉服町に生まれます。父は藩医の和田昌景(わだまさかげ)、なんと木戸孝允は武士の出自ではなかったのです。木戸孝允は医者の長男、和田小五郎(わだこごろう)として成長していきますが非常に病弱でした。父は「この子は成...

『白虎隊』を観て - IRO☆IRO

歴史に疎いわたしが、ひょんなことから戊辰戦争に関心が向きました。 歴史を知らなさ過ぎて、細かく検索していくうちに1986年の 日本テレビ系ドラマ『白虎隊』を観てみたくなり Amazonの時代劇専門チャンネルのお試しで観ました。 第一部「京都動乱」 第二部「落城の賦」 時代劇専用チャンネル 白虎隊そのものへの関...

毎年恒例の冬の北上ツアー。(年甲斐も無く今回は少し詰め込み過ぎて弾丸気味に‥‥NO.3/NO.4) - okite910nete1820’s blog

鶴ヶ城を後に次なる会津の鉄板観光名所に向かいます。こちらは歴史の学び直しを始めた頃に、野口英世記念館と合わせて子供たちと訪問したので、2年ぶり位の訪問になるかな?。 鶴ヶ城からは車で10分ほど。目的地に到着しました!!。 (場所のネタバレ含みます) 鶴ヶ城の次に訪れた場所は ””飯盛山”” になります。 飯...


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